悪を隠し善を揚ぐ。人に於ては此くの如くにし、諸れを己れに用うること勿れ。善に遷り過を改む。己れに於ては此くの如くにし、必ずしも諸れを人に責めざれ。〔耋六四〕
(相手の悪い点は抑えて、善い点を称揚する。他人に対してはこのようにするのがよいが、これを自分に対して用いてはいけない。
人の善を見たら真似をし、自分の過ちは改める。自分に対してはこのようにするのがよいが、これによって他人を責めてはいけない。)
<出典:『言志四録一日一言 佐藤一斎』渡邉五郎三郎監修 致知出版社>
人との関係において
錨とすべき心掛け
〝 悪を隠し善を揚ぐ 〟
誰でも、自分の良いところに気付いてもらえれば嬉しいものです。
そこに気付いて認めてあげることが他人との関係を良くしていくことになります。
〝 善に遷り過を改む 〟
人の美点を見つけて真似をし、自己の過ちを自省すること、これも欠かせない心掛け。
このような振る舞いができる人物は、自ずと風格と余裕が醸し出され、周囲の人望を集めることができます。
というのも、どうやら多くの人々にこのような人物を察知できる能力があるようで、またこの能力は人類共通でもあるようです。
参考までに、このような人物像は、現代の「サーバントリーダーシップ(Servant Leadership)~奉仕で人を導くリーダー~」という概念にもつながっているようです。
まさに古くて新しい
というより
これこそが古人の知恵
今日の教えの真逆を行くような人を時折見かけます。
他人の良い点など一切気にかけず、悪い点を論い、面と向かって指摘したり、陰口を言ったりします。
そして、自分の(未熟な)力を語ることには余念がなく、鼻高々にまくし立てるのです。
他人を否定し、自分の(ささやかな)長所・力を押し付けようとする者は、やはり周囲から察知され、距離を置かれます。
人望など得られるはずもなく、周囲からの協力も最低限のものでしかありません。
そのため、やがて失態を見せるに至り、人物としての格がどんどん下がっていくことになります。
今日の言葉は
人との関係をどう活かすか
人といかにうまくやっていくか
これらのために大変重要と感じます
人は一人では生きていかれません。
もちろん、一人の挑戦こそが新しい道を拓く原動力になるわけですが、それを開花させるには、周囲の人の献身的な協力が不可欠です。
平凡な人生を望むか、挑戦的な人生を望むか、いずれにせよ、とにかく周囲の人との関係を良くしていかないと、望むことは何も実現しないのです。
幸せを少しも感じない人
少ししか感じられない人
もしかすると
このことが
問題の核心ではありませんか